特集記事

九州技術事務所「インフラ老朽化への対策」 /維持管理、点検技術向上へ橋梁・堤防実モデルを活用

- 不具合・変状を再現し実践的研修 -

2021年01月04日(月)

特集記事

その他

▲堤防実モデル全景(九州技術事務所提供)

▲河川側から見た堤防実モデル

▲護岸の破損を再現

▲橋梁実モデル全景(九州技術事務所提供)

▲橋桁部分に旧寿橋を活用している

 政府は2020年12月11日の閣議で、21~25年度の5年間で実施する新たな国土強靱(きょうじん)化の対策を決めた。防災・減災のための国土強靱化計画は、政府が18年度から20年度までの3年間で集中的に実施する計画をまとめていた。今年度で期限を迎えるため、新たに5カ年計画を策定した。事業規模は、15兆円程度。豪雨災害、大規模地震対策やインフラの老朽化対策など123事業を実施する。

  インフラの老朽化対策が推進されていく一方で、インフラ管理者の維持管理、点検に関する技術力の向上も重要になる。  国土交通省九州地方整備局の九州技術事務所では、事務所の敷地内に土木構造物の維持管理、点検の実習施設を設けている。実習施設は、橋梁実モデルと堤防実モデルの2つ。直轄事務所や自治体など発注者の職員、建設業界の技術者や学生向けの研修に活用している。同事務所の坂元浩二所長は「インフラの老朽化が進行していき、インフラの維持管理、点検はますます重要になる。一方、施設管理者の人手不足、技術力向上に苦慮している。研修用施設を活用し、効率的な人材育成に取り組みたい」とインフラの維持管理、点検に関する人材育成への意気込みを話した。



 ■研修用VRも作成「堤防実モデル」 

 堤防実モデルは、18年7月から19年3月、19年7月から20年3月の2カ年に分けて施工された。施工者は日本工営㈱。盛土工事、ブロック積みや舗装工事などを経て完成した。大きさは延長50㍍、高さ3㍍、幅4㍍。樋門、土堤・護岸、高潮対策の特殊堤のエリアで構成されている。 


 堤防に流水が強く当たる外岸側を想定し、老朽化が顕著となる完成後40~50年を経過している状態を再現。土堤、護岸、特殊堤および樋管に生じる軽微な変状を配置している。 


 河川管理施設の点検では、「堤防等河川管理施設の点検結果評価要領」に基づき変状を「a異常なし」、「b要監視段階」、「c予防保全段階」、「d措置段階」の4段階に評価区分する。堤防実モデルでは、b、c段階の変状を再現している。樋門エリアには函体の損傷、継手の開きや護岸背面の空洞を再現。土堤・護岸エリアには、亀裂、はらみ出し、端部の浸食や護岸の破損などを再現。特殊堤エリアには、護岸目地開き、接合部の変形・破断や陥没などを再現している。


   河川保全の研修は、これまで実際の堤防で実習を行ってきた。堤防実モデルを用いた研修では、従来の研修と比較し短時間でより多くの不具合について点検ができる。


  研修用のVRも作成している。天候や水の流れなど、堤防実モデルでは再現できない現象をVRで確認できる。堤防が越水により決壊していく経過も体験可能。水害時の堤防決壊のメカニズムの理解につながる。堤防実モデルでは見られない不可視部分の確認などにも利用できる。堤防実モデルとVRを組み合わせた実習により、効果的な研修を行える。


  堤防実モデルの完成後、全国的に新型コロナウイルスの感染が流行。感染拡大の影響を受けて、職員向けの研修は20年10月に初めて実施した。研修は3日間行われ、直轄事務所、大分県、糸島市の職員計9人が参加。実モデルの現地研修では変状箇所を計測し、VR研修では大雨や破堤の状況を体験した。


 ■架け替えた橋を活用 「橋梁実モデル」

  橋梁実モデルは、RCT桁橋3主桁およびRCT桁橋4主桁から構成される。大きさは、長さ9・9㍍、幅6・1㍍、高さ7・2㍍。福岡県うきは市の県道にあった橋「寿橋」(1932年完成)が老朽化し、2015年に架け替えられたのを機に、元の橋の一部を使ってつくられた。施工期間は、16年12月から18年3月。上部工を川田建設㈱九州支店、下部工を㈱瀬口組が行った。建設費は、約6900万円。


  橋桁部分は、旧寿橋を活用している。橋脚部分は新たに建設し、塩害による損傷、コンクリートの異常膨張、ひび割れを引き起こすアルカリ骨材反応など、実際の橋に生じる変状を再現している。


  橋梁の構造は一般的な下部構造、上部構造であるため、各部の名称や役割を間近で確認できる。通常見ることができない橋台背面のパラペット(土留め)側からも間近に見ることができ、橋面の舗装が無い状態で床版や地覆などの状態を点検ハンマーや点検機器を使って状態確認を行える。研修メニューには、RCレーザーによる鉄筋探査調査、打音調査などがある。橋脚を取り付けて高所作業車による点検もできる。


 - 橋梁の変状 -

  橋梁に発生する損傷は、材料由来のものと施工由来のものとに分けられる。材料由来の損傷には塩害やアルカリ骨材反応など、施工由来の損傷には砂すじ、豆板、コールドジョイントなどがある。橋梁実モデルにもこれらの変状が再現され、実際に確認しながら点検の研修を行える。


  塩害は、コンクリート内部に取り込まれた塩化物イオンが鉄筋の不動態被膜を破壊し腐食させること。内部鉄筋が腐食することにより体積が2~3倍に膨張し、コンクリートにひび割れ、剥離などの損傷を与える。腐食が進行すると鉄筋の破断に至る危険性がある。塩害の要因は、コンクリートの骨材に除塩が十分に行われていない海砂を用いた内的要因、潮風、海水などによってコンクリート表面より塩化物イオンが浸透する外的要因の2種類がある。防止対策として、海砂は極力使用しない、かぶりを十分に確保することなどが挙げられる。


  アルカリ骨材反応とは、コンクリート中の水酸化アルカリと骨材中のシリカ鉱物が反応してアルカリシリカゲルを生成すること。アルカリシリカゲルが水分を吸収し、膨張することによりコンクリートに異常膨張やひび割れを発生させる。アルカリシリカ反応は、コンクリート強度や弾性係数の低下に加え、鉄筋の破断につながる場合がある。防止対策として、抑制効果のあるセメントを使用する、アルカリシリカ反応性試験の結果で無害と確認された骨材を使用することなどが挙げられる。 


 砂すじは、型枠に接するコンクリート表面にコンクリート中の水分が分離して外部に流れ出す場合に生じ、コンクリート表面に細骨材が縞状に露出したもの。ブリーディングの多いコンクリートの浮き水を取り除かないで打ち足した場合や、軟練りコンクリートを過度に締め固めた場合に発生する。型枠の継ぎ目からセメントペーストが漏れ出した場合にも生じる。防止するためには、ブリーディングが少なくワーカビリティーの良好なコンクリートを使用するとともに、締め固めを十分行いながらコンクリートの打設速度の管理を適切に行う。


  豆板とは、モルタルと粗骨材が分離し、粗骨材だけ固まりモルタルが均等に行き渡らない状態のこと。コンクリートを打設するときの材料の分離、締め固め不足、型枠下端からのセメントペーストの漏れなどが原因となる。対策として、コンクリートをワーカビリティーが良好な配合とし、コンクリートが材料分離しないように打設し、バイブレーターで十分に締め固めるとともに叩きなどで充填する。


  コールドジョイントは、設計段階で考慮する打継目とは異なり、コンクリートを打ち重ねる時間の間隔を過ぎて打設した場合に、前に打ち込まれたコンクリートの上に後から重ねて打ち込まれたコンクリートが一体化しない状態となって、打ち重ねた部分に不連続な面が生じること。酸素や水分などが浸透しやすくなり、鉄筋腐食を早めるなど耐久性の低下につながる。防止対策として、適切な打設計画および施工管理のもと、コンクリートを連続して中断せずに打ち込むことが重要になる。中断した場合でも後のコンクリートを早急に打ち込み、先に打ち込まれたコンクリートと十分に一体となるよう締め固めを行うなど対処する。


 ■全国的に遅れる橋梁の修繕

 地方自治体が管理する橋梁は、修繕の遅れが課題となっている。14~18年度の定期点検で、判定区分Ⅲ(早期措置段階)、判定区分Ⅳ(緊急措置段階)と診断された橋梁は6万2873橋。このうち、19年度末までの5年を経て修繕に未着手の橋梁は、約66%の4万1497橋となっている。点検結果に修繕が追い付かないなか、修繕の緊急性が低い判定区分Ⅰ・Ⅱだった橋梁のうち、5年後にⅢ・Ⅳと診断される橋梁も毎年6000橋のペースで発生する。健全性の高い時期からメンテナンスに着手する予防保全型への転換が、急務となっている。


  自治体が橋梁の修繕に要する予算の確保も、求められている。政府は国土強靭化の5カ年対策により、自治体の橋梁老朽化対策を後押しする考えだ。


TOP